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静岡地方裁判所浜松支部 昭和31年(ワ)159号 判決

原告 ゼ・カアルトン・タイヤ・セエビング・コムパニー・リミテツト

被告 羽立工業株式会社

主文

一、被告は別紙第一、第二、第三各目録記載並びに図面表示のような登録第一九五七四七号特許権の権利範囲に属する可塑物製羽子の製造、販売、拡布をしてはならない。

二、被告は原告に対し金五拾万円およびこれに対する昭和三一年七月一五日から支払が済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

五、この判決は第二・四項に限り、原告が金拾万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事  実 〈省略〉

理由

第一、原告がグレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国の法人であつて、万国工業所有権保護同盟条約に基ずき同国で一九五〇年三月二三日出願した特許願の優先権を主張して、本邦で「可塑製羽子」と称するバドミントン競技用羽子に関する発明の特許願を昭和二六年三月七日出願し、この出願が昭和二七年六月三日特許公報に出願公告され、同年八月二一日特許第一九五七四七号(以下本件特許という)により登録されたこと、および被告が現に別紙第一、第二、第三各目録記載並びに同添付図面表示のようなバドミントン競技用羽子を製造販売していることは当事者間に争いがない。

第二、本件特許の権利範囲について

原告は右被告製造の羽子(以下被告製品と称する)は本件特許の権利範囲に属するものであると主張し、被告は権利範囲外であると主張するので先ず本件特許の権利範囲について考える。

一、およそ特許発明の範囲は当該出願者が特許庁長官に提出した特許発明の明細書および図面の記載全体によつてこれを決定すべきものであるがその解釈に当つては、右明細書中不可欠な記載内容である特許請求の範囲の項において、如何なる発明について特許を請求するかが記載されているのであるから、同項に基準を置き、その他図面の略解、発明の詳細なる説明等の記載および図面全体を充足的に綜合して判断しなければならない。

よつて右の考え方に従い本件特許の権利範囲について考察する。

本件特許の「特許請求の範囲」が、「本文に詳記し且図面に示した様に、支幹は、それから延長し且それと同体の多数の力骨を有することを特徴とする頭と互いに同体な支幹を有するスカートから成る羽子」と記されていること、「発明の詳細なる説明」の記載の要旨が原告主張のとおりであること、その他本件特許公報の記載として原被告の各主張中に引用されているすべての文言どおりの記載が本件特許公報に存在することはいずれも当事者間に争いがない。

二、右「特許請求の範囲」の記載はいわゆる翻訳調の文章であつて、必ずしも一読して直ちに文意を悟りうるものではないけれども、次のような構成をもつものであることは了解するに難くない。

(一)  右文章はすべてが最後の「羽子」にかかるものであつて、「本文に詳記し………から成る」までの部分は「羽子」を説明し限定する句であること。

(二)  「スカートとから成る羽子」とあるところから当然その前に「スカートと」と並立する「………と」の語が予想されるのであるが、右文章中ことにあたる語は「頭と」の外に存在しない。従つて右羽子は「頭とスカートとから成る羽子」であること。

(三)  従つて「………頭と互いに同体な支幹を有するスカートとから成る羽子」は正確には「………頭と、互いに同体な支幹を有するスカートとから成る羽子」であると解され、「互いに同体な支幹を有する」は「スカート」を修飾する句であり、「頭と互いに同体な支幹」と読むことはできないこと。

(四)  「支幹はそれから延長し且それと同体の多数の力骨を有することを特徴とする」の「それ」はその前の文章中に「支幹」以外の名詞が存在しないから当然「支幹」を指すものと解される。従つて右文章は、「支幹は、支幹から延長し且支幹と同体の多数の力骨を有することを特徴とする」であること。

(五)  その結果「支幹は、それから延長し且それと同体の多数の力骨を有することを特徴とする」句が次の「頭」にかかることは意味の上から不可能であるから、この句は最後の「羽子」にかかるものと解されること。

(六)  同様に「本文に詳記し且図面に示した様に」もそれ以後の文章全体にかかるものであること。

以上を要するに本件「特許請求の範囲」にいう羽子とは

「本文に詳記しかつ図面に示したように、

(1)  頭部とスカート部とから成り、

(2)  スカート部は互いに同体な支幹を持ち、

(3)  支幹は、支幹から延長しかつ支幹と同体である多数の力骨を持つていることが特徴である

ところの羽子」

であることが明らかである。

三、更に、本件特許明細書の「発明の性質及目的の要領」中

「本発明の目的は可塑物製羽子の有孔スカート部を一回の成型操作で一片に製造しようとするものである」旨の記載

「発明の詳細なる説明」中

1、スカートに小さな孔を無数に設け孔の周りを肉厚の支幹で支えることにより、必要な軽さと強さと風の透過に対する抵抗性を与えられる旨

2、インヂエクト・モルデイング(inject moulding 」による成型によつてこの目的が達せられる旨

3、この成型作業中に多数の支幹から延長する多数の力骨を形成し、力骨間に無数の空隙を残して、スカートを一片に形成する旨

4、この可塑物性物質としてはポリテン(ポリエチレン)が適当であるが、場合によつては他の材料を選ぶことができ、本発明は決してポリテンに限るものではない旨

5、上記の方法を使用すれば一回の成型操作で良好な出来上りに必要な孔をもつた羽子スカートを完成することができる旨

6、頭を支幹と同体に成型することは有用であるが、通常のコルク頭をスカート部分に固着させることができることは明らかである旨

7、生産上力骨を互いに並行に支幹に対し直角にするのがよいが、所望により支幹に対しおよび互いに傾斜させることができることは明らかである旨

の各記載を前記「特許請求の範囲」の文言と綜合して考えると、前記解釈が合理的であることがより一層明白となる。しかして、以上の事実に成立に争のない甲第二号証乙第二六号証の一、二の各記載、証人作道善作の証言及び当事者弁論の全趣旨を綜合すると本件特許発明は可塑物製のバドミントン競技用羽子に関するものであるが、従来のバドミントン競技用羽子のスカート部が天然羽毛で構成されていたため製造工程が繁雑であるばかりでなく、こわれ易い欠点があつたのを改め、可塑性物質を以て一回の操作で良好な成果に必要な孔を持つ一片のスカート部を大量生産しようとする目的を有するものであつて、その発明の要旨は原告主張のとおり前項(2) (3) に掲げたスカート部の構造にあるものと認められる。従つて本件特許の権利範囲に属する羽子とは、前記構造のスカート部を有する羽子であれば足り、頭部とスカート部とが同体であると別体であるとを問わないものと解すべきである。

四、被告の主張について

被告は(一)本件特許公報の文章構成上(二)本件特許にかかる羽子の製造方法上のいずれからみても、本件特許の権利範囲に属する羽子とは、

「支幹と力骨とが同体であるのみならず、頭部と支幹とも同体である羽子、即ち頭部とスカート部とが同体である羽子」と解すべきであると力説するので、以下被告の分説するところに従つてこれを検討しよう。

(一)  本件特許公報の文章構成に関する主張について

(1)  被告は、本件「特許請求の範囲」中「互いに同体な支幹」とは頭と支幹との同体関係を述べるものと解すべきで、もし原告主張のように支幹相互が同体であるとするならば、「互いに同体な支幹」とは「互いに力骨を介して同体な支幹」の意であるから、結局右「特許請求の範囲」における「特徴とする」から前のスカート部分の説明と同一に帰し重複の記載になると主張する。

しかし原告の反駁するように、「特徴とする」より前では支幹と力骨との同体関係をいい、後では支幹相互の同体関係を述べているのであるから両者は文意を異にし重複の記載とはならない。けだし支幹と力骨とが同体だというだけで直ちに支幹相互も同体だということにはならないし、支幹が相互に同体であるには必ずしも力骨その他の媒介物を必要とするものでなく、例えば支幹同士がその基部で直接につながつていても「互いに同体な支幹」といえるからである。

被告は「特許請求の範囲」の文章を国文法的に解剖し前記主張の裏付とするが、その根拠として、「支幹はそれから延長し且それと同体の多数の力骨を有することを特徴とする」の「それ」を原告主張のように「支幹」と解すると「支幹は、支幹から延長し………」の部分が意味上ナンセンスとなるから、「それ」は当然「頭」を指すものと解すべきであるという。しかし「支幹は、支幹から延長し………」の部分が何故無意味なのであるか、被告の主張中最も重要な点であるのにその理由を全然述べていないのは不可解であり所詮独断の域を脱するものでない。

(2)  被告は、原告のいうようにスカート部だけに特許請求の範囲があるならばスカート部だけを特許請求の範囲に記載すべきであるのに本件特許請求の範囲には「………羽子」とあつて羽子即ち頭とスカート部から成るシヤトルコツク自体に特許権を請求しているではないかという。

しかし右は「発明の要旨」と「特許請求の範囲」とを混同したものである。原告はスカート部に本件特許発明の要旨があると主張しているのであつて、スカート部だけに特許請求の範囲があるというのではない。本件特許請求の範囲がバドミントン競技用の羽子に存するものであることはつとに原告が主張しているところである。

(3)  被告は、原告が本件特許の発明要旨がスカート部にあることの根拠としている前記『頭を支幹と同体に成型することは有用であるが通常のコルク頭を第一図の5、6間のスカート部分に固着することができることは明かである』の記載は文意不明であるとし、第一にコルク頭を第一図の5、6間に固着してはラケツトで打球することはできないし、羽子の構成自体としても甚しく常識に反し使用できないものができ上ると主張する。

成立に争いない甲第二号証(本件特許公報)の第一図に示す羽子の図面のみを見れば、一見5、6間とはスカート部の側面を指すように見えるので被告の主張はこれを前提としているように思われるが、「発明の詳細なる説明」中の「支幹の厚さは頭と接合する区域5に於て約0、07吋にするのが便利であり端に向つて次第に薄くし終端部6に於て約0、01吋にする」の記載と第一図とを綜合すれば、5とは支幹と頭との接合部分即ちスカート部の頭部に接合する一端を意味し、6とは支幹の終端部即ちスカート部の他端を意味するので、「5、6間のスカート部分」とは要するにスカート部全体の謂であることが極めて明瞭である。故に前記『 』内の記載は単に通常のコルク頭を別件のスカート部に固着することを述べているに過ぎないからこれを文意不明とする被告の非難は何ら理由がない。

被告は第二に、第一図の5、6間の部分をコルク頭に取りつけることが技術的に不可能であると主張するが、5、6間の部分を前記被告の主張のように解すれば格別、単にスカート部全体と解する以上、従来のバドミントン競技用羽子においてもコルク頭等に天然羽毛等から成るスカート部を固着しているのであるから、本件のスカート部を通常のコルク頭に取りつけることが可能であることは多言を要しない。

(4)  被告は、本件特許においてスカート部だけを製造しようとすればスカート部は雄型中に埋没していて一々針で突きさして取出さなければならないことになるから、本件特許の「発明の詳細なる説明」中「尚製造用具を設計するに当つては成型操作中羽子の如何なる部分も雄型又は雌型道具上に固着することのない様に注意せねばならぬそうでないと取出すときに羽子が毀損する」との記載に反すると主張する。

しかし後に本件特許にかかる羽子の製造方法について述べるように、スカート部のみの製造でも技術的には羽子全体を一体に製造する場合とほぼ同様であり、一々針で突きさして取出すような迂遠な方法は必要ないから右主張も理由がない。

(5)  被告は、本件特許の「発明の詳細なる説明」中、「ポリテンの自由流動度により満足すべき羽子が得られるが」との記載におよび「上記の方法を使用すれば成型するとき羽子を固着することなしに互いに適合する製造用具を用いることができ」との記載に「羽子」とあるのは、いずれもシヤトルコツク全体を意味する羽子のことであるから、「一回の成型操作で良好な出来上りに必要な孔をもつた羽子スカートを完成することができる」との記載にある「羽子スカート」とは、頭部とスカート部が一体に構成された場合のスカート部を意味するものと解すべきであると主張する。

しかし被告が引用している右「羽子」の記載は勿論シヤトルコツクの全体のことであるが、その頭部とスカート部との関係については何も述べていないのであるから、これを以て直ちに頭部とスカート部が一体の羽子であると断ずることは論理の飛躍に過ぎない。

(6)  被告は、「発明の詳細なる説明」中の「本発明は或る種の可塑性物質から造られた羽子に関するものである」との記載、および本件特許の名称も「可塑物製羽子」であること並びに特許請求の範囲も「………成る羽子」とあることから本件特許権の内容は可塑物製羽子即ちプラスチツク製シヤトルコツク全体に存することが明かであると主張する。

しかし「シヤトルコツク全体」即「頭部とスカート部とが一体の羽子」ということにならないのは前述したとおりであつて、本件特許が羽子全体にかかるものであることと、発明の要旨がスカート部の構造にあることとは何ら矛盾しない。

(7)  被告は、本件特許明細書には実施例として「頭1は支幹2と同体であり支幹は又多数の力骨3、4と同体である」との記載があるのみで頭とスカート部とが一体であることの唯一例しかないと主張するが、原告の反駁しているように、実施例はあくまで実施態様の例示に過ぎないし、実施例のみによつて権利範囲ができるわけではないから右主張も理由がない。実施態様を悉く記載することはむしろ不可能である。

被告はまた、本件特許明細書の附記にも1から5まで全部「………羽子」と記載されてあつてスカートとは記載されていないと主張するが、前述したように本件特許が羽子に関するものである以上「………羽子」と記載されているのは当然であつて、発明の要旨がスカート部にあることの妨げとなるものではない。

(8)  被告は、スカート部のみに特許権を請求する場合は、発明の名称も「スカート」部のみに限定するのが当然であるのに、本件発明の名称は「可塑物製羽子」となつていると主張するが、前述したように被告はスカート部のみに特許権を請求しているのではないから右非難もあたらない。

(9)  本件特許と原英国特許明細書との関係について

被告は、優先権を主張して出願した特許発明の範囲は原外国出願明細書の範囲に限定されるべきであるから、わが国における特許明細書が意味不明瞭であるときは原英国出願明細書によつて解釈すべきであるとし、前記3、の主張に関連して、『頭を支幹と同体に成型することは有用であるが通常のコルク頭を第一図の5、6間のスカート部分に固着することができることは明かである』という記載に相当する記載は本件特許の原英国出願明細書に存在せず、反つて「これには従来のコルク頭に代えてプラスチツク頭部を用いる」との記載がありこれは「プラスチツク頭部がコルク頭に比し重いから羽子の構成には一層都合がよい」という趣旨であるから前記『 』内の記載は「頭を支幹と同体に成型することは必要であるが、通常のコルク頭を第一図の5、6間のスカート部分の中に入れて頭部の内部へ又はコルク頭に空洞を設けてこれをスカート部と一体に頭部にそれぞれ固着する」という意味に解すべきだと主張する。

しかし前述したように本件の特許明細書は意味不明瞭でないから既にこの点において右主張は失当であるのみならず、外国で特許出願した者がわが国で優先権を主張して特許権を得た場合、双方の特許権は互いに独立であつて何らの影響を及ぼさないものであるから、たといわが国における特許の権利範囲が原外国の特許の権利範囲を逸脱し又はこれと矛盾することがあつてもそれは優先権主張の根拠を失うことにより場合によつては無効審判の対象となることがあるに止まり、我国において査定を受けた特許は審判手続において無効が確定しない限り有効であつて、そのためにわが国における特許の権利範囲を原外国の特許の権利範囲に一致するよう限定して解釈せねばならないものではない。(特許法第三三条、工業所有権保護ニ関スル一八八三年三月二〇日ノ「パリ」同盟条約第四条辛、第四条ノ二参照)

従つて本件特許においても、原英国特許明細書の記載はわが国における出願手続上優先権の有無についての参考資料となるだけであつて、被告主張のようにこれによつて本件特許の権利範囲を解釈せねばならないものではない。

(二)  本件特許にかかる羽子の製造方法に関する主張について

被告は、本件特許にかかる羽子のスカート部のみを製造することは次の理由により著しく困難であつて工業的生産とはいえないから、本件特許の羽子は頭部とスカート部とが同体のものと解すべきであると主張する。

(1)  インヂエクト・モルデイングによる場合

(イ) スカート部は雄型に刻設して製造しなければならないから、現在の機械技術では雄型の復動したとき、スカート部のみを機械的に取除くことは困難である。故に雄型を復動させた後針等をもつて突き取らなければならないことになり、これはスカート部構成の複雑性に比例して長時間を要し通常二十分内外の時間を必要とする。これは頭部と一体に作つた場合に比し著しく高価となり採算がとれない。

(ロ) 本件特許のシヤトルコツクを製造するには注入口から加熱した可塑物を雌型中に圧入しその頭部となるべきところに一定量が滞留(プール)している状態において各支幹へ可塑化物を急速に圧入してこれを力骨へも圧入するものである。しかるにスカート部のみを製造しようとすれば支幹の数に応じた注入口を設ければよいのか、或いはその他の方法を施せばよいのか全く不明であり、又いかにして雌雄金型内にプールするところを設けるのか全く不明である。

(2)  コンプレツシヨン・モールドによる場合

この方法によれば製品は一個どりで約五分間の製造時間を必要とし、製品の約半数は不良品となるから採算がとれない。しかも被告製品のように羽毛部が細い線条のあるものは切断されて製造できない。

しかし原告の反駁するように、本件特許のような「物の特許」においてはそれが製造不可能でない以上その製造方法は問わないのであつて、それが経済的に採算が合うか合わないかは問題とならないから、仮にスカート部のみの製造が著しく困難であるとしても、これをもつて直ちに本件特許の羽子を頭部とスカート部とが同体のものと解さねばならない理由はない。

しかもスカート部のみの製造が困難であるかどうかについて考えてみるのに、成立に争いない乙第二七号証の二の記載および証人池下晴敏、同有馬周吉の各証言並びに検証の結果を綜合すると次の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

1、インヂエクト・モルデイング(inject moulding 射出成型)とは、自動成型熱可塑製造法による樹脂加工のことで、熱可塑性材料が加熱されると熔融し冷却すると硬化する性質を利用して熔融材料を細孔を通して金型中に押しこむ構造の成型法である。

熱可塑性材料(ポリエチレン樹脂等)をホツパー(Hopper補給器)に入れ、金型(雌雄両型)が開いている時はピストンが後退して材料が一定量だけ自動秤量装置で秤られて重力でピストンの先のシリンダーの中に入る。閉錯ストロークが始まると金型が閉じられ、ついでスプール(Spure 細孔)と型が密着する。ピストンが前進して材料はシリンダー(Cylinder)内とトロピドー(Torpedo )の狭い加熱部に送られ加熱されて熔融状態になり、その増加材料分だけ材料はスプール(Spure )ランナー(Runner流道)ゲート(Gate)を通つてキヤビテイ(Cavity雌雄両型の刻設溝)の中に射出され金型中を満す。金型は循環する水で冷却されるので材料は急速に硬化する。時限装置で定められた時間が経過すれば締結ラムが後退して金型が開き、同時に成型品はランナー等と共に雄型からノツクアウトピン(突棒)又ははずし板で突き出され一工程が終る。右操作は時限装置で自動的に行われる。

2 右の工程の最後の段階であるノツクアウト(突き出し)においては、成型品のどこかにノツクアウトピンの突きあたる部分が必要であり、本件特許の羽子において頭部とスカート部とが同体の場合は頭部がその突きあたる部分である。

スカート部のみの製造の場合はスカートだけであるとノツクアウトピンが突き抜けて雄型から外れないので、どこかに突きあたる部分を設けなければならないが、ランナーから直接支幹に材料を流しスプールだけを雌型に残してランナーをノツクアウトするとか、スカートの上端部(頭部に近い部分)の内壁に出張りを設けるとか、同じく上端部に十字型のキヤツプを設けるとかして、右出張りもしくはキヤツプをノツクアウトするような方法でこれを解決することができる。

この場合ランナーをノツクアウトする方法においては後にランナーを除去しなければならないから操作が二回になるが、出張りもしくはキヤツプを設ける方法においては一回の操作で足りる。

3 コンプレツシヨン・モルデイング(Compression moulding圧縮成型)はインヂエクト・モルデイングが横型の熱可塑製造方法であるのに対し、たて型であつて、熱硬化製造と熱可塑製造の両者が可能な成型法である。熱可塑製造にはインヂエクト・モルデイングの方が能率がよいが、本件特許の羽子のスカート部のみを製造することは前項に記載したのと同様の理由で可能であり最終的単価は大差がない。

してみればスカート部のみの製造でも技術的には羽子全体を一体に製造する場合とほゞ同様であり、被告の主張するように著しく困難であるとは認めることができないから、この点においても被告の主張は理由がない。

(三)  本件特許が頭部とスカート部と同体になつていることを必須の構成要件であるとする解釈は特許庁も採用しているとの主張について

被告は、被告製品バドミントン競技用羽子のスカート部のみについて特許第二三三八九二号を有しているが、その特許明細書には特許第一九五七四七号(本件特許)はスカート部と頭部とが一体に作られていると断じ、両者の作用効果の相違を詳細に説述してあり、特許庁はこの記載を認めて出願公告の決定をしたのであるから、特許庁が特許法上両者間に特許権の牴触関係がないものと判断したことは明瞭であると主張する。

しかしある特許が他の特許に牴触するかどうかは出願から登録に至る特許庁の出願審査手続で決めるのでなく、裁判所の訴訟又は特許庁の権利範囲確認の審判によつて定められるのであるから、出願審査手続における特許庁の解釈如何は裁判所の認定を何ら拘束するものではない。のみならず、特許出願があつたときは審査官は拒絶査定をするか出願公告するかの二者いずれかであつて、明細書および図面の記載についてもそのまま認容するかしないかの二途あるのみである。従つて明細書および図面の記載に不備があつてもこれを訂正変更させる権限はないから、たとい出願公告されたとしてもその明細書に記載してある前記被告の見解が直ちに特許庁の採用している解釈であるということはできない。

第三、被告製品と本件特許との関係

一、本件特許の権利範囲に属する羽子とは前述のように、「スカート部は互いに同体な支幹を持ち、支幹は、支幹から延長しかつ支幹と同体である多数の力骨を持つていることが特徴である」ところの羽子で、要するに右の構造のスカート部を有する羽子であるが、成立に争のない甲第五、第九ないし第一一、第一六乃至第二二号証の各記載、証人沼田新助、同大野普、同山田勝三の各証言に当審各鑑定の結果並びに被告の製品であることにつき争のない検甲第一ないし第三号証、検乙第二号証を綜合すると別紙第一、第二、第三各目録記載並びに同添付図面表示の被告製品は、いずれも頭部とスカート部とから成り、スカート部は互いに同体な複数個の支幹を有し、各支幹はそれから延長しかつそれと同体である多数の力骨を有し、各支幹の有する力骨の各対応する端は互いに同体的に結合しており、従つていずれも前記構造のスカート部を具有しているものであるから本件特許の権利範囲に属することは明らかである。

右認定に反する乙第一六号証の一、二、第一七号証の一ないし三、第二四、第二八ないし第三〇、第三二ないし第三四号証の各記載および証人日下繁、梶谷昇次、小山欽蔵の各証言は前記各認定に照らして信用しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二、被告の主張について

(一)  被告は、被告製品は頭部とスカート部とが別体であるが、本件特許の羽子は頭部とスカート部とが同体のものに限られるから、被告製品は本件特許の権利範囲に牴触しないと主張する。しかし本件特許にかかる羽子は頭部とスカート部とが同体であるとを問わないこと前述のとおりであるから、別体であることをもつて権利範囲に牴触しない理由とすることはできない。

(二)  被告は、被告製品は本件特許に存しない天版、透孔その他のものを具有しており、本件特許にかかる羽子より優れた数々の長所を有するから、両者は技術思想上全く別個のものであると主張する。

しかし被告製品のスカート部が本件特許発明の要旨とする思想のすべてを包含し使用している以上これにいかにすぐれたプラスアルフアがあるとしても、これをもつて本件特許の権利範囲に属しないものということはできない。

(三)  被告は、本件特許にいう「力骨」とは補強材、支持材として必要な程度の剛性を有しなければならないが、被告製品の羽毛部は羽軸部を補助的に支持しているに過ぎないから剛性というものはなく弾力性のみであり、これを「力骨」ということはできないと主張する。

しかしたとい補助的にせよ羽軸部(支幹)の支持に役立つものである以上被告製品のいわゆる羽毛部が本件特許にいう「力骨」にあたるものであることは明らかである。

(四)  被告は、被告代表者中村豊の有する特許第二〇九三一一号、第二〇九三一二号、実用新案第四三九七七二号、第四三九七七三号、第四三九七七四号、第四五三二三八号、第四四八三五三号、特許第二三三八九二号の各権利を実施して被告製品を製造販売しているものであり、これらの権利はすべてそれ自体独立した権利として査定し登録されたものであるから、本件特許権に牴触し又は本件特許を利用するものでないと主張する。

しかし前記第二の四の(三)において詳述したように独立の権利として査定登録されたからといつて、これらの権利が直ちに他の特許権に牴触しないものということはできないばかりでなく、右各権利出願の日は、被告の主張自体に徴し当事者間に争のない本件特許出願の日である昭和二六年三月七日より後であつたことが明かであるから、右各権利を有していることだけで本件特許に牴触しないとはいえないし、又被告製品のスカート部が本件特許の権利範囲に属すること前段認定のとおりである以上、被告製品は本件特許を利用しているものといわざるを得ないから右主張も理由がない。

第四、被告製品の製造販売拡布に対する禁止請求について

別紙第一、第二、第三各目録記載並びに図面表示のような可塑物製羽子が本件特許の権利範囲に属していることは既に認定したところであり、被告が右羽子を前記のとおり製造販売していること、これについて原告の特許発明実施の許諾を得ていないこと、原告が昭和三一年五月三一日右可塑物製羽子の製造販売禁止並びにその既製品半製品の執行吏保管を命ずる旨の当庁の仮処分命令(昭和三一年(ヨ)第四三号)を得てその執行をしたことはいずれも当事者間に争がなく、被告がその後も依然として製造販売していることは、成立に争ない甲第一二号証ないし第一五号証の各記載および証人有馬周吉の証言並びに検証の結果を綜合してこれを認めることができる。

してみれば原告は本件特許権に対する侵害排除のため被告に対し右可塑物製羽子の製造販売拡布の禁止を求めうることは明らかである。

第五、損害賠償請求について

被告代表者が多数のバドミントン競技用の羽子に関する特許権実用新案権を持つていること、および本件被告製品製造販売開始の当初から本件特許に関する公報を知つていたとする原告の主張事実は被告がこれを認めまたは明らかに争わないところであり、従つて被告代表者は必要な注意を怠らなければ被告製品が本件特許の権利範囲に属するものであることは容易に知りうる状態にあつたものと推定される。

してみれば被告が被告製品を製造販売するにあたつて、被告代表者は本件特許との右関係を知つていたか、或いは少くとも必要な注意を怠つたためこれを知らなかつたことに過失があり、これに基いてその業務執行につき原告の本件特許権を侵害したものであると認めるのを相当とするから、被告としては右侵害によつて原告の受けた損害を賠償する義務がある。

そこで原告の蒙つた損害額について考えてみるのに、被告が原告の実施許諾を得ないで製造販売した羽子の実施料相当額、換言すれば、原告が被告に対し本件特許発明の実施を許諾したと仮定した際に被告が原告に対し支払うべき客観的に妥当な報酬額が原告の失つた得べかりし利益ということができ、これは被告製品の販売総価格に実施料相当額のパーセンテージを乗じて得られた金額である。

第一に、被告が昭和二九年九月以降昭和三一年五月末までに製造販売した羽子の総量は七万ダースを下らないとの原告主張事実については、この点に関する原告依用の全証拠を以てしても右事実を認めるに足りないが、昭和三〇年三月頃から五万ダースを製造したことは被告の自白するところである。(もつとも被告訴訟代理人は右自白を自己の錯誤に基く発言であるとし真実は三万ダースであるからそのように訂正すると述べたが、右自白が真実に反していることの立証がないから、原告が異議を述べている本件にあつては、右自白の一部撤回はその効力を生じないものといわなければならない。)

第二に、被告製品の卸売価格が一ダースにつき平均三三〇円であるとの原告主張事実については成立に争のない甲第一四、一五号証に右主張に沿うような記載があるけれども、これだけでは本件被告製品の販売価格であるかどうかを認定する資料とするに足りず、他にこれを認めるに足る証拠もないが、一ダースについて金二〇〇円であることは被告の自白するところであり、

第三に、実施料相当額のパーセンテージが販売価格の八パーセントであるとの原告主張について、証人作道善作の証言によれば、同人は原告と本件特許の羽子につき実施契約を結び、卸売価格の八パーセントを実施料として支払つていることが認められるけれども、右証言によれば、その実施料の額は右契約時の特殊事情から高率に過ぎ必ずしも妥当な額でなくその減額方を交渉中であることが認められるので、右八パーセントの支払の事実だけでは、原被告間に実施契約がなされたとして被告がこれと同額の実施料を支払つたであろうということは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はない。しかし、本件特許の実施料は少くとも販売価格の五パーセントまでを相当とすることは被告の容認して争わないところである。

よつて以上の認定に基ずき計算すると、被告製品の実施料相当額は被告の販売総価格である一ダース当り金二百円に五万ダースを乗じて得た金一千万円の五パーセントすなわち金五〇万円であり、これが被告の原告に賠償すべき損害額である。

従つて被告は原告に対し、右金員およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること本件記録により明かな昭和三一年七月一五日から支払が済むまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわなければならない。

第六、結び

以上の次第で、被告に対する原告の本訴請求中、別紙第一、第二、第三各目録記載並びに同図面表示のような登録第一九五七四七号特許権の権利範囲に属する可塑物製羽子の製造販売拡布の禁止を求める部分と金五〇万円およびこれに対する昭和三一年七月一五日から支払が済むまで年五分の割合による金員の支払を求める部分とは理由があるからこれを正当と認め、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決をした。

(裁判官 播本格一 鬼塚賢太郎 鈴木醇一)

第一目録

第一図は羽子の全体正面図

第二図は上方より見た平面図

第三図は頭取付部分の縦断正面図である。

有孔底部を設けた頭接合部(7) より多数の支幹(2) を放射状に形成しこれらの支幹(2) を力骨(4) 及(3) にて連結することによりその間に多数の空隙を残して形成したスカート部を可塑性材料により一体的に塑造し、前記頭接合部(7) に半球状の頭(1) を嵌合してその重合部分を糸(8) で縫着し更に表面にビニールテープ(9) を貼着したバドミントン用羽子である。

第一図面

第一図、第二図、第三図〈省略〉

第二目録

第一図は羽子の全体正面図

第二図は上方より見た平面図

第三図は頭取付部分の縦断正面図である。

有孔底部を設けた頭接合部(7) より多数の支幹(2) を放射状に形成しこれらの支幹(2) を力骨(4) 及(3) にて連結することによりその間に多数の空隙を残して形成したスカート部を可塑性材料により一体的に塑造し、前記頭接合部(7) に可塑性材料より成る皿形体(10)の底面に半球状のコルク(13)を貼着し更に半球面を皮革(11)を以て被覆し皮革と皿形体側面とを糸(12)にて縫着した半球状の頭(1) の皿形体(10)を嵌合してその重合部分を糸(8) で縫着し更にその表面にビニールテープを貼着したバドミントン用羽子である。

第二図面

第一図、第二図、第三図〈省略〉

第三目録

第一図は羽子の全体正面図

第二図は上方より見た平面図

第三図は頭取付部分の縦断正面図である。

有孔底部に環状突起(14)を設けた頭接合部(7) より多数の支幹(2) を放射状に形成し、これらの支幹(2) を力骨(4) 及(3) にて連結することによりその間に多数の空隙を残して形成したスカート部を可塑性材料により一体的に塑造し、前記頭接合部(7) に環状溝(15)を形成した半球状のコルク(13)に皮革(11)を被覆して貼着した頭(1) を溝(15)に環状突起(14)が嵌合する様に装着し頭接合部(7) の底部にある孔より木ねぢ(16)を以て頭接合部(7) とコルク(13)を固定し頭接合部(7) と頭(1) の接合部分の表面にビニールテープ(9) を貼着したバドミントン用羽子である。

第三図面

第一図、第二図、第三図〈省略〉

第四図面

第一図、第二図、第三図〈省略〉

第四図面説明書

図面の略解

第一図は平面図第二図は側面図第三図は要部を示す一部断面図である。

構成の説明

「ビニール」「ポリエチレン」等の軟質合成樹脂を型押して羽根体部(1) を図示の様に一体に形成し且羽根体部(1) に底幕を同様一体に設けて其れに孔(3) を透設し又羽根体部(1) の基部(A)に突条(4) の数本を設け中空にして段部(5) を具設した「ゴムキヤツプ」(6) を基部(A)に被着し基部(A)を段部(5) に支止して「ゴムキヤツプ」(6) と基部(A)を絲条(7) を以て縫着し此の縫着部を隠蔽する様に「テープ」(8) を固着した「バドミントン」競技用羽子である。

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